大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)20号 判決 1971年4月01日

東京都渋谷区千駄谷四丁目二六番地

原告

あかつき印刷株式会社

右代表者代表取締役

泉広

右訴訟代理人弁護士

小沢茂

佐藤義弥

斎藤義雄

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

植木庚子郎

東京都千代田区大手町一丁目三番二号

被告

東京国税局長

安川七郎

右指定代理人

山田二郎

守屋憲人

臼井満

川合弘

広瀬道雄

大塚守男

右当事者間の差押処分取消等請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「(一)被告東京国税局長が別紙目録記載の国税を徴収するため昭和四一年六月二三日付で原告の北海道拓殖銀行株式会社新宿支店に対する普通預金二〇八万六、六五五円の支払請求権についてした差押処分を取り消す。(二)被告国は原告に対し二〇八万六、六五五円およびこれに対する昭和四一年六月二三日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに右金員の支払請求につき仮執行の宣言。

(被告ら)

主文と同旨の判決ならびに敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二原告主張の請求原因

原告は、日本共産党機関紙「アカハタ」等民主的出版物の印刷を目的として設立された株式会社であるが、被告国税局長は、原告会社の別紙目録記載の国税五口、合計二〇八万六、六五五円を徴収するためと称して、昭和四一年六月二三日原告会社の北海道拓殖銀行株式会社新宿支店に対する普通預金二〇八万六、六五五円の支払請求権を差し押え、かつ、これを取り立てた。

しかし、原告会社は、連合国最高司令官の昭和二五年六月二六日付「アカハタ」発行停止指令によつて事務所を除く事業場の全部が封鎖され、昭和二八年八月一五日事業再開に至るまで、封鎖個所への役員従業員の出入は一切禁止され、事業活動も不可能な状態であつて、その間、原告会社が前記目録記載の各国税に係る課税処分通知書の送達を受けた事実はない。もつとも、原告会社の昭和三〇年一二月三一日現在決算報告書添付の財産目録負債の部「未払勘定」には、前記目録記載の各国税を含む滞納税額が計上されており、また、昭和三二年一〇月一四日付で原告会社から被告国税局長に対し右滞納税金についての分納計画書が提出され、その一部が分納されていることは事実であるが、これらは、いずれも、原告会社が所轄渋谷税務署長のその旨の言により真実右のごとき国税の滞納があるものと誤信し、滞納処分を受けるような事態になれば再度操業不能に陥ることを恐れたことに基づくものであり また、前記事業場封鎖のときまで原告会社の専務取締役であつた倉田藤一が東京地方裁判所昭和二八年(ワ)第五七六号事件において証人として原告会社には源泉所得税、法人税その他約二〇〇万円の国税の滞納がある旨を証言しているのは、渋谷税務署長の前記言辞を伝聞として供述したにすぎないものである。むしろ、原告会社においては、前記目録記載の各国税に係る課税処分の存在そのものについて疑問を抱いていたこと、原告会社が、昭和三四年五月一四日付の嘆願書および同年一二月四日付の「法人税及び所得税法第三八条に関する源泉徴収所得税の決定又は更正通知書の複本等交付要求書」と題する書面を被告国税局長ならびに渋谷税務署長宛に提出している事実によつても明らかである。被告は、この点について、昭和二四年度法人税決議書の写しがあることから、前記目録記載の各国税に係る課税処分通知書は原告会社に送達されたものと推認すべきであると主張するが、かかる決議書は、税務署の内部文書であり、しかも、写しにすぎないのであるから、その存在をもつて課税処分通知書送達の事実を推認することは、許されないものというべきである。

よつて、原告は、課税処分通知書の送達がなかつたことを理由として、被告国税局長のした前記債権差押処分の取消しを求めるとともに、被告国に対し不当利得を原因としてその収納した差押金額の返還を求める。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因事実のうち、別紙目録記載の各国税に係る課税処分通知書が原告会社に送達されていないこと、従つてまた、原告会社には別紙目録記載の各国税の滞納がなかつたことは否認するが、その余の事実はすべて認める。

右目録記載の法人税の更正処分通知書および源泉所得税の納税告知書の発送を確認し得べき記録は、本件訴え提起当時すでに七年の保存期間が経過して廃棄処分ずみである。しかし、これらの課税処分通知書がその都度適法に原告会社に送達されていたことは、次の諸事実、すなわち、一般に、国税を徴収するには所轄税務署の直税課において課税決議を行ない、署長の決裁を了した課税決議書を徴収係に回付し、徴収係がこれに基づいて一人別徴収簿と課税処分通知書を作成し、総務係を経て、課税処分通知書を普通郵便により納税者に、発送することとなつているところ、別紙目録記載の法人税については、課税決議書の写しが存在していること、また、原告の自認するごとく、原告会社の決算報告書に前記目録記載の各国税を含む滞納税額が計上され、右滞納税金についての分納計画書が提出され、しかも、その一部が任意に分納されており、別訴における証人倉田藤一が右に符合するような証言をしていることや、昭和二八年七月一八日当時の原告会社代表取締役上村進が、右倉田藤一とともに東京国税局徴収部に出頭し、「あかつき印刷を再建し、その営業収益で税金を納付したい。」と申し入れていることに徴して、これを推認し得るに十分である。

仮に、右の主張が認められないとしても、原告が、前叙のごとく、課税処分の存否について何らの疑義もとどめることなく、自ら滞納税金の分納計画書を提出してその一部を分納し、残部についても滞納処分によつて徴収が完了し、しかも、課税処分のときから一七ないし一九年もたつて証明書類の保存期間がはるかに徒過した後に至り、課税処分自体の不存在を主張するがごときことは、「権利の自壊による失効の原則」により、許されないものというべきである。

第四証拠関係

(原告)

甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三提出、証人倉田藤一、三浦誠、吉田敏幸の各証言ならびに原告代表者泉広本人尋問の結果援用、乙第一一証号の一、二の成立不知、その余の乙号各証の成立肯認。

(被告)

乙第一ないし第八号証、第九ないし第一一号証の各一、二、第一二ないし第一四号証提出、証人木崎融信の証言援用、甲号各証の成立肯認。

理由

原告が日本共産党の機関紙「アカハタ」等の印刷を目的として設立された株式会社であり、被告国税局長が、昭和四一年六月二三日付で別紙目録記載に係る昭和二四年度と昭和二五年度の源泉所得税および法人税の未納債権五口合計二〇八万六、六五五円の徴収として、原告会社の北海道拓殖銀行株式会社新宿支店に対する同額の預金債権を差し押え、かつ、これを取り立てたことは、当事者間に争いがない。

原告は、右各源泉所得税の納税告知書および法人税の更正処分通知書の送達を受けた事実がないと主張し、そのことを前提として、本件差押処分の違法を攻撃する。そして、これら課税処分通知書の発送又は到達を確認するに足りる直接証拠が存在していないことは、被告においても自認するところである。

しかし、課税記録の保存期間が処分完結年度の翌年度の初めから起算して七年であることは、証人木崎融信の証言するところであるから、別紙目録記載の各国税について課税記録が作成されていたとしても、本件訴え提起当時は、その保存期間が徒過し、廃棄処分に付されていたであろうことは、容易に推認されるばかりでなく、原告会社にあつても、昭和二五年六月二七日連合国最高司令官の「アカハタ」発行停止指令に基づき事業場を封鎖され、爾来昭和二八年八月一五日事業再開(右の事実は、当事者間に争いがない。)にいたるまで、封鎖を免かれた事務所はほとんど放置されたままになつており、また、昭和二四年八月一日印刷用紙不当入手被疑事件で証拠書類が警視庁によつて押収されたような事情もあつて、前記各国税の納期日より逆算し、当時の取扱例からみて課税処分通知書の発送日時と推定される昭和二四年五月頃より昭和二六年三月頃までの関係書類がほとんど散逸してしまつている状態であつたことは、成立に争いのない乙第二、第一三、第一四号証および原告会社代表者泉広本人の供述について明らかであるから、前叙のごとく、別紙目録記載の各国税に係る課税処分通知書の発送又は到達を確認するに足りる直接証拠が現存していない一事によつて、たやすく、原告の右主張を肯認することが許されないのはいうまでもなく、却つて、成立に争いのない甲第二、第三号証、甲第四号証の一、二、乙第一ないし第八号証、乙第一〇号証の一、二、公文書なるにより真正に成立したものと認める乙第一一号証の一、二、証人倉田藤一、三浦誠、吉田敏幸、前掲証人木崎融信の各証言、および前掲原告会社代表者泉広本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

すなわち、一般に、国税を徴収するには、所轄税務署の直税課において課税決議を行ない、署長の決裁を了した課税決議書を徴収係に回付し、徴収係がこれに基づいて一人別徴収簿と課税処分通知書を作成し、総務課を経て、課税処分通知書を普通郵便により納税者に発送することとなつているところ、原告会社の昭和二三年度から昭和二五年度までの法人税について各「課税決議書」の写しが、昭和二五年三月三一日を納期日とする昭和二四年度の源泉所得税および昭和二五年五月三一日を納期日とする昭和二五年度の源泉所得税について各「滞納整理票」が、また、昭和二五年一〇月三一日を納期日とする昭和二五年三月分の源泉所得税について「滞納処分票」があるほか、別紙目録記載の国税のうち、同目録記載(一)、(二)の各源泉所得税と(四)の法人税について「滞納処分票」が存在しており、右滞納整理票および滞納処分票には、原告会社の昭和二四年度および昭和二五年度の滞納税に係る徴収事務は、昭和二五年一二月四日から昭和二六年一〇月三一日までの間に渋谷税務署長から被告国税局長に引き継がれ(旧国税徴収法施行規則三一条の四参照)、右引継当時における原告会社の納付すべき税額の内訳は、(1)別紙目録記載(一)の源泉所得税については、本税一五万五、三一〇円、利子税二二万二、〇〇〇円、延滞加算税七、七五〇円、延滞税額二万六、一六〇円、(2)前記昭和二五年三月三一日を納期日とする昭和二四年度の源泉所得税については、本税八二万七、九一〇円、加算税一六万二、六八〇円、追徴税一一万五、七五〇円、利子税八六万四、〇六〇円、延滞加算税四万一、三五〇円、(3)前記昭和二五年五月三一日を納期日とする昭和二五年度の源泉所得税については、本税三〇万円、加算税一万八〇〇円、追徴税七万五、〇〇〇円、利子税三四万三、二一〇円、延滞加算税一万五、〇〇〇円、(4)前記昭和二五年一〇月三一日を納期日とする昭和二五年三月分の源泉所得税については、本税一〇万一、三六〇円、追徴税二万五、二五〇円、(5)別紙目録記載(二)の源泉所得税については、本税四万四、〇六〇円、加算税一万一、〇〇〇円、利子税二万七、五七〇円、延滞加算税二、二〇〇円(6)同目録記載(三)の源泉所得税については、本税二〇万一、三七〇円、加算税三、〇八〇円、無申告加算税五万円、利子税一七万二、八五〇円、延滞加算税一万五〇円、(7)同目録記載(四)の法人税中間更正については、本税三万四、四二〇円、過少申告加算税五、三七〇円、無申告加算税八、五〇〇円、利子税、延滞税六万一、五三〇円、延滞加算税一、七〇〇円、(8)同目録記載(五)の法人税確定更正については、本税九二万八、九六三円、過少申告加算税一万一、五〇七円、無申告加算税二三万二、〇〇〇円、利子税、延滞税一一八万八、〇九〇円、延滞加算税四万六、四〇〇円であり、これらの滞納国税を徴収するため、昭和二五年六月七日、同年一〇月三一日、昭和二八年二月二三日、昭和三二年四月二二日の四回にわたり原告会社所有の機械、不動産について差押処分が行なわれた(なお、前掲乙第八号証参照)旨の記載があり、また、原告会社の専務取締役であつた倉田藤一が、昭和二八年七月一七日、同年九月九日および同年一一月三〇日の三回東京国税局に出向き、事業の再開に伴い滞納税金を分納する旨を申し出で、昭和三二年一〇月一四日には代表取締役上村進名義で東京国税局に対し、それまで月額五万円であつた分納金を月額一〇万円に増額する旨の申請書と題する書面とともに支払計画改訂書を提出したばかりでなく、現に、原告会社は、(1)前記昭和二五年三月三一日を納期日とする昭和二四年度の源泉所得税につき、昭和三二年六月五日から昭和三九年一一月一七日までの間前後一五回にわたり本税、加算税、追徴税合計一一〇万六、三四〇円、利子税八六万四、〇六〇円、延滞加算税四万一、三五〇円を、(2)前記昭和二五年五月三一日を納期日とする源泉所得税につき、昭和三三年一〇月二三日から昭和三九年一一月一七日までの間前後五回にわたり本税、加算税、追徴税合計三八万五、八〇〇円、利子税三四万三、二一〇円、延滞加算税一万五、〇〇〇円を、(3)前記昭和二五年一〇月三一日を納期日とする昭和二五年三月分の源泉所得税につき、昭和二八年一二月二五日から昭和二九年八月二四日までの間前後三回にわたり税額合計一二万六、六一〇円を支払つて、それぞれこれを完納し、(4)別紙目録記載(一)の源泉所得税につき昭和三一年九月一五日本税一万八、六三〇円、昭和三九年一一月一七日本税一三万六、六八〇円、利子税一六万四、一六〇円を、(5)同目録記載(二)の源泉所得税につき昭和二九年八月二四日本税四万三、三九〇円を、(6)同目録記載(三)の源泉所得税につき昭和三一年二月六日から同年一〇月一五日までの間前後六回にわたり本税合計二〇万一、三七〇円、無申告加算税五万円を、(7)同目録記載(五)の法人税確定更正につき昭和三一年一一月二二日から昭和三三年四月二六日までの間前後七回にわたり本税合計五五万円をそれぞれ任意分納し、その旨前記滞納整理票および滞納処分票にも記載されていて、これら書類上の記載に基づき、 引継当時における原告会社の納付すべき各国税額から右支払金額を控除すれば、昭和四一年五月三一日現在における原告会社の滞納税額は、別紙目録記載のとおりとなること、もつとも、昭和二九年度の法人税確定申告書添付の「未納国税明細表」の作成および財産目録負債の部の「昭和24年度法人税及び源泉所得税3,476,951」なる記載は、右申告書の作成を担当した税理士吉田敏幸が、別紙目録記載の国税を含む昭和二四年度、昭和二五年度の未納税額について原告会社には一部督促状があるのみでその詳細を把握する資料が欠如していたので、東京国税局徴収課特別整理班に赴き、そこに保管されていた年度別徴収台帳の記載に基づいて行なつたものではあるが、原告会社においては、その後も、決算報告書に右未納金額をそのまま計上する等別紙目録記載の各国税の存在の容認を前提とする旨の取扱いがなされてきたこと、しかるに、原告会社の昭和三二年度の法人税確定申告書の作成を担当するようになつた税理士三浦誠が別紙目録記載の各国税については課税処分通知書がなく、しかも、それが発送されたと思われる頃は原告会社が封鎖状態にあつたということから、課税処分通知書の到達について強い疑問を抱き、渋谷税務署長および国税局長に対して、昭和三四年五月一四日各課税処分取消しの嘆願書を、また、同年一二月四日処分通知書の副本の交付方を要求する書面を提出し、それが容れられなかつたため、本件訴えが提起されるにいたつたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、以上認定の諸事実に徴すれば、むしろ、別紙目録記載の各国税は、それぞれ、当時の取扱例にならい、源泉所得税については納期日の遅くとも一五日前に、また、法人税については納期日の一か月前に普通郵便によつて発送され、その頃原告会社に到達したものと推認するのが相当であつて、本件滞納処分および収納行為には原告主張のごとき瑕疵はないものというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、いずれも、その前提においてすでに失当たるを免かれないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 園部逸夫 裁判官 竹田穣)

(別紙)

滞納国税目録

(一) 昭和二四年六月二〇日を納期日とする昭和二四年三月分源泉所得税のうち利子税五万七、八四〇円、延滞加算税七、七五〇円、延滞税二万六、一六〇円、滞納処分費五六一円(計九万二、三一一円)

(二) 昭和二五年一〇月三一日を納期日とする昭和二五年四月分源泉所得税のうち本税六七〇円、加算税一万一、〇〇〇円、利子税二万七、五七〇円および延滞加算税二、二〇〇円(計四万一、四四〇円)

(三) 昭和二五年一〇月三一日を納期日とする昭和二五年一、二月分源泉所得税のうち加算税三、〇八〇円、利子税一七万二、八五〇円および延滞加算税一万〇、〇五〇円(計一八万五、九八〇円)

(四) 昭和二六年四月三〇日を納期日とする昭和二四年度法人税中間更正の全額、すなわち、本税三万四、四二〇円、過少申告加算税五、三七〇円、無申告加算税八、五〇〇円、利子税、延滞税六万一、五三〇円、延滞加算税一、七〇〇円(計一一万一、五二〇円)

(五) 昭和二六年四月三〇日を納期日とする昭和二四年度法人税確定更正のうち本税一七万七、四〇七円、過少申告加算税一万一、五〇七円、無申告加算税二三万二、〇〇〇円、利子税、延滞税一一八万八、〇九〇円、延滞加算税四万六、四〇〇円(計一六五万五、四〇四円)

(以上合計二〇八万六、六五五円)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例